キリマンジャロ登山とタンザニアサファリを終えて(2007年8月2日〜17日)
登山を終えて
登山自体は誰もが言っているように雪山の技術も必要ないし、登山道も整備されキボハット(4710m)までは気持ちのいいハイキングである。荷物はポーターが運んでくれるため、当日のランチパックと水と雨具を持てばよい大名登山。食事もコックさんが作ってくれ、量もたくさんあるし味もまずまず。小屋も4人であればキボハット以外は1部屋使えるので楽だ。ただし、キボハットは4710mあるので高度順応ができていなければつらい。キボハットからピークに登る最終日だけが、夜中に暗い中を出発して登山らしくなる。日本にはこの高さの山がないこと、一気に1000mを登ることを考えると、やはり事前に富士山に行くのは、高度順化、脚力強化の両面から有効だと思う。
またホロンボハット(3720m)でもう1日滞在するプランであれば、高度順応はもう少しできたかもしれない。日程作りの段階で迷ったところだったが、サファリの日程を優先させたため、1日余分に取らなかった。
今回の私たちは準備不足の一言に尽きる。私に関しては高度はかなり順応していたが脚力が不足していた。夫は高度にあまり順応していなかった。息子がウフルピークまで登れたのは事前に富士山に登っていたことと若さである。あれぐらいの準備で、よくギルマンズポイントまで行けたと思う。事前に富士山に一度でも行けていたら、飛行機のアクシデント、ロストバゲッジがなければどうだったかと考えるが、それでもウフルピークまで行けたかどうか自信がない。行けたとしても相当きつかったと思う。
現在だったらウフルピークまで行けるか?よほどのアクシデントや天候悪化、体調不良でない限り、問題なく行けると思う。キリマンジャロの失敗があって、日ごろのトレーニングと経験の蓄積が大事だと思い、トレーニングを始めた。今のほうが、体は締まり登るスピードも速い。装備も充実している。次にキリマンジャロに行く機会があれば、違う季節に別のルートで行きたいと思う。マチャメルートのテント泊もいいかなと思う。
アクシデント
今回は飛行機の乗り継ぎができなかったこととロストバゲッジが2大アクシデント。ただし、航空券の予約の都合で、ケニアでの滞在日が1日あったため、登山日程を変更しなくてすんだのは、運がよかった。また、主な登山用品を入れた荷物のほうが出てきたため、大きな影響は受けずにすんだ。もし登山用の荷物がなくなっていたら、特に登山靴がなくなっていたら大変だった。真夏に日本から登山靴を履いて行きたくはないが、ロストバゲッジの可能性がある場所では手荷物にすべきだろうか。また身の回り品は1泊分くらいは手荷物で持っていくべきだった。今回は、化粧品も薬もバッテリーも預ける荷物の中に入れてしまったのは大失敗。
サファリ中は埃っぽいため毎日着替えずにはいられなかった。衣類は2セットしかないため、毎日洗濯しなければならなかったが、乾燥しているため乾きが早く助かった。乾きの遅いものは移動中の車の中で干しながら行った。香港で買った夫のシャツは旅行中は私の寝巻きだった。衣類は少なくても何とかなると変な自信になった。
それよりもロストバゲッジの確認が面倒だった。ドバイでは行きも帰りも荷物がないか確認しに荷物置き場に行ったし、帰りのナイロビでも到着ロビーまで確認しに行った。これは本来はする必要のなかったことなので疲れるし時間のロスでもあったが、ここでやっておかなければと義務のような気持ちだった。どちらの空港もたくさんの荷物が置いてあった。ロストバゲッジってこんなにあるんだとあきれた。帰り関空に到着してすぐに、キャセイの係員の人から私たちの荷物が香港で積み込めず次の便になると説明されたときは、日本はさすがだと思った。翌日には宅配便で家に届いたのだから本当にすごい。
ナイロビ
結局、今回ナイロビの滞在時間は空港滞在とホテルでの食事だけで半日程度だった。前回行ったときのように、銀行で両替をしたり、マーケットに行ったり、食事をしに出かけたりといったことは全然できなかったのが残念だった。地方から都会へ人が流入し、ますます貧富の差が広がっていると聞いていたが、本当にそうなのか、少しでも見たかったが。
ただ事前にナイロビのホテルを調べていたとき、10年前のガイドブックとほとんど変更がないことに気づいた。この意味するところはお分かりだと思う。新たな投資がないということ。ナイロビのジョモケニヤッタ空港はアフリカ各地への中継地でありながら、到着ロビーは薄暗く、荷物はあちこちに無造作に放置され、トイレは故障し、とても1国の玄関口とは思えなかった。帰国する日の昼食を空港でとるかナイロビのホテルまで行くか迷ったとき、一度もナイロビの街に入らないのも残念だし、あの空港では、碌なものが食べられないのではとホテルへ行くことにしたぐらいだった。実際には出発ロビーのほうは明るく、土産物屋もたくさんあってきれいだったのだが。
タンザニア
今回初めてタンザニアに行った。首都のダルエスサラームには行けなかったが、アルーシャは観光客が多く、思っていたより都会だった。しかし、街を出るとすぐに原っぱが広がっている。アルーシャからンゴロンゴロに向かう道は各国の援助で整備されている。国立公園の中にマサイの人たちが生活しており、そこを見に行くツアーもあるのだが、それには参加しなかった。動物は見るが、人間は見たくないというのは矛盾しているが、写真を撮るとお金を要求されたり、自分がマサイだったらどうだろうかと考えるとあまり行きたくなかった。実際に現金収入が必要であれば、自分たちの生活を見せてお金を要求するのは当たり前のような気もするので、そういった生々しい現実をあまり考えたくなかったということでもある。観光地化されていないラエトリでは写真を撮ってもお金を要求されたりしなかったが、そこでの生活は放牧が中心のようだった。日本人の目から見ると貧しい生活だが、現金や物にこだわらなければ生活はできるという状態だろうか。
10年前にケニアに行ったときはアンボセリ以外はキャンプだったが、登山後なので体が楽だろうと、今回はロッジ宿泊を選んだ。サファリロッジはプールがあり眺めもよく外とは隔絶された別世界リゾート。南アフリカ産のワインがあり、食事も豊富だった。ケニアに比べてロッジの絶対数が少ないため、予約を取るのがなかなか大変だった。実際に満員のようだった。旅行会社から予約金をさっさと入れるヨーロッパの客に日本人は負けていると言われていたが、本当に私たちの泊ったロッジは欧米客がほとんどで、特にイタリアやフランス人が多い気がした。日本人は少なかった。他のホテルにはもう少し日本人がいたかもしれないが、この時期には日本人はケニアに行くほうが多いのかもしれない。
サファリのやり方はケニアとは違っていて、1日に朝夕2回と決まっているわけではない。私たちは4日とも全部違うロッジに宿泊したこともあって、ランチボックスを持って移動しながらサファリをした。ロッジで昼食をとることもできるが、時間とお金の節約のためランチボックスにした。疲れたときは早めにロッジに着き、休むこともできる。私たちの泊ったロッジは超豪華ではないが、部屋、食事とも充分だった。
登山にしても、サファリにしても、現地の人はすべてサポート側で、観光客は外国人という形はケニアと同じだった。ロッジの中と外が別世界というのも同じ。
ラエトリ
今回の観光のハイライトはラエトリだった。行っても何もないですよ、とのことだったが本当に何もない場所、でも行ってよかった。観光ルートではないため、他の車はおらず、新鮮だった。動物を見ようと目を凝らす必要がなく楽でもあった。動物を見に行っているのに本当に矛盾した話だが。ドライバーもガイドさんも護衛の警官も楽しそうで、行ったことがないところへ行くということは、楽しいものだとあらためて思った。私達もピクニック気分で楽しかった。足跡が埋め戻された場所に行って、むしろ想像が膨らんだ。ここに家族らしい足跡が残っていたということ、実際には彼らよりも前に人類がいたらしいが、彼らがいて、人類が出アフリカを成し遂げて世界に散らばっていったこと、彼らがいて私たちがいるのだと。ピラミッドのように見るだけですごいという場所ではないが、やはり現地へ行ってみるということは大事なことだと思った。帰ってから関野さんの本を読み返すと、関野さんは病院のところからここまで約15キロを自転車を押して行ったとのこと。
後日談
結局、私のソフトキャリーは出てこなかった。今回はカードの附帯保険で手薄な部分を補うつもりで保険をかけていっていた。ケニア航空と交渉したが保険をかけているのなら、保険で補償をという回答だった。あんまりだと思って交渉していたが埒が明かないので、保険会社が航空会社との交渉を引き受けてくれ、保険で補償されることになった。初めて保険の請求をした。飛行機の遅延、宿泊できなかったホテル代金は旅行会社で証明書をもらった。ソフトキャリーの中身の書き出しが面倒だったが、今回は新規購入したものが多く、レシートを残していたため助かった。保険金が支払われたのは2008年の6月、ロストバゲッジ認定に時間がかかったので、ほぼ10ヵ月後だった。時間はかかったし、荷物は戻ってこないが、みんなに話して、ずいぶんネタにしたし、今ではむしろよい経験になったと思っている。
時々、あのソフトキャリーに入っていた梅干や非常食、一度も袖を通していない服、気に入っていたスカートはどうなったかなと思うことがある。スカートなどどこかで誰かが着ていたらおもしろいなと思うのだが。
読んでいった本
前回のケニア行きのとき買って動物の確認に重宝した。サファリ必携の動物ガイド。今回はロストになった荷物の中に入れていたので、現場では見られず、結局失くしてしまった。著者の1人は「沈まぬ太陽」のモデルになった方。
フィールドガイド・アフリカ野生動物―サファリを楽しむために (ブルーバックス)
- 作者: 小倉寛太郎,増井光子
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