エルブルース(5642m)登山[2015年7月12日(日)〜7月23日(木)]

日程

7月12日(日)晴れ 自宅‐モスクワ

 6:50自宅発(息子に車で送ってもらう)-7:10伊丹空港8:00(JAL3002便)-9:20成田12:00(アエロフロート261便)-
 16:10モスクワ・シェレメチェボ着 ‐17:05無料シャトルバス(30分に1本)−17:15ホテル‐18:10夕食‐20:20就寝
                            パーク イン バイ ラディソン シェレメチェボ エアポートホテル泊

7月13日(月)晴れ モスクワ‐ミンボディーテレスコル村チェゲット

 4:45起床‐5:50朝食‐7:30ホテル発(シャトルバスで)−7:40シェレメチェ ボ空港9:40(アエロフロート1310便)−12:00ミン ボディ空港12:50(ガイドと 会い専用車で)−15:00昼食(途中のカフェ)−16:30テレスコルのホテル‐18:30装備チェック  ‐19:00夕食(ホテルで)‐20:00就寝 
                                           ホテル テベルダ チェゲット 泊

7月14日(火)晴れ テレスコル‐11番小屋−テレスコル 高度順応日

 5:50起床‐8:00朝食‐ホテル8:45発‐9:30アザウ駅チケット購入‐ロープウエー(2台乗り継ぎ)−9:55ミールステーション  10:00発(徒歩で)−10:45バレル小屋11:00発‐13:0011番小屋13:20−バレル小屋13:45(リフトで下る)−ロープウエー(2台乗 り継ぎ)−14:50アザウ駅−専用車でチェゲットまで帰り15:00昼食(町のレストラン)−15:40ホテル‐18:30荷物チェック(歩い てレンタル店へ)−19:30夕食‐20:00就寝                      ホテル テベルタ チェゲット泊

7月15日(水)曇りー雷雨ー晴れ テレスコル‐バレル小屋(3750m)‐4200m高度順応日

 5:45起床‐8:00朝食‐ホテル9:00発−アザウロープウエー駅で雷雨のため待機10:00発‐ロープウエー2台・リフトを乗り継ぎ ‐11:20バレル小屋着‐7番の小屋‐14:00昼食‐15:00発‐16:45 4200m地点まで高度順応17:00発−17:35バレル小屋  
 ‐19:00夕食‐20:20就寝                                      バレル小屋泊

7月16日(木)晴れ 高度順応日(パスツーコフ岩往復)

 7:30起床‐8:00朝食‐9:00小屋発‐12:30 4500m地点パスツーコフ岩下強風のため帰る‐13:45小屋‐14:30昼食‐
 19:00夕食‐20:00就寝                                       バレル小屋泊

7月17日(金)晴れ 登頂日変更 アイゼン・ピッケル訓練

 7:30起床‐8:00朝食‐9:10アイゼン・ピッケル訓練‐10:30登頂日の説明‐14:00昼食‐19:00夕食‐20:10就寝   
                                                   バレル小屋泊

7月18日(土)晴れ 登頂日

 1:30起床‐2:00朝食‐3:00発(雪上車で5000mまで登る)‐6:00サドル‐10:00頂上10:20−12:00サドル‐12:50 5000m地点 13:00(雪上車で下る)‐13:30小屋‐14:00昼食‐15:20リフト・ロープウエー16:00ホテル‐19:00夕食(町のレスで)
 −20:00就寝                                   ホテル テベルタ チェゲット泊

7月19日(日) 晴れ 周辺ハイキング

 5:00起床‐6:45散歩‐8:00朝食‐ホテル8:45発‐チェゲットリフト10:00発‐12:00昼食(町のレストラン)‐12:30車で湧水 のところへ‐歩いてホテルまで戻る‐14:00休憩14:30−歩いてチェゲット山散策‐18:00ホテル‐19:00夕食‐20:00就寝                                            ホテル テベルタ チェゲット泊

7月20日(月)晴れ ホテル‐ミンボディ空港‐モスクワ

 5:00起床‐6:30朝食−7:00ホテル発‐10:10ミンボディ空港13:00(アエロフロート1311便)‐15:20モスクワ・シェレメチェボ 空港‐16:30(アエロエクスプレスで)−17:05ベラルースカヤ駅‐(歩いて)‐17:25ホテル着‐18:30息子と合流‐地下鉄で翌日 のチケットをクールスク駅まで買いに行く20:00‐地下鉄で‐20:20カフェ・プーシキン22:00−22:30ホテル‐23:00就寝
                                          マリオット トヴェルスカヤホテル泊

7月21日(火) 曇り時々雨 モスクワからスズダリ・ウラジーミルへ観光

 6:00起床‐7:10朝食‐ホテル8:30発‐地下鉄で‐8:50クールスク駅9:30発(ニージニーノブゴロド行きの特急列車)−11:12ウ ラジミール駅12:00発‐バスで‐12:50スズダリ着‐散策‐15:00昼食‐17:00発ウラジミール行きバス‐17:45ウラジミール駅 着ーウラジミール散策・夕食‐20:14ウラジミール発‐22:00モスクワ・クールスク駅‐地下鉄で‐22:20ホテル‐23:00就寝                                           マリオット トヴェルスカヤホテル泊

7月22日(水) 晴れ モスクワ観光‐帰国

 6:00起床‐8:00朝食9:20(チェックアウト・荷物預ける)−地下鉄で‐10:00ノヴォデヴィチ修道院‐地下鉄で‐雀が丘−モスク ワ川クルーズ12:15発‐13:15クレムリンの先で下船‐歩いて‐13:40昼食(ゴドノフ)15:00−15:30ホテル‐歩いて‐
 16:00ベラルースカヤ駅アエロエクスプレス‐16:35モスクワ・シェレメチェボ空港19:00発(アエロフロート264便)−機中泊

7月23日(木) 晴れ

 10:40成田着‐バスで羽田へ移動‐(昼食)‐羽田発14:30(JAL121便)−15:30伊丹着‐16:20自宅着

出発まで

 家庭の事情で夏の山旅は前回の2012年のモンブランから御無沙汰だった。今年こそどこかへと考えていた。第一候補はトルコ・アララット山。ラマダンの時期も外れ、高さも難易度も久しぶりでも何とかなると考えたからである。しかし、年初に三男がアコンカグアに登頂したことでエルブルースが浮上。次男がモスクワに1年の予定で滞在していることも後押しした。昨年末から2回ロシアを訪問したが思いのほか印象がよく、ルーブルも安い。3月ごろに話が出て、実際に情報を収集し始めたのは4月。呑気に構えていたのだが、いつか登ろうと思っていたわけではなかったので、思いがけない落とし穴が見つかった。冬山用の装備が足りない。北緯48度と緯度が高い上、高さも5642mの雪の山。登るには二重靴が必須とのこと。三男はアコンカグア登山のために二重靴を購入していたが、私たちは持っていない。履いたこともない。急遽、山道具さんに相談し、二重靴を取り寄せ足に合わせてみる。夫はスカルパファントム6000、私はスポルティバのスパンティーク。両方をあわせてみたかったが、何しろ時期が遅くサイズがあるものを手に入れたので違うメーカーになった。履くのに時間がかかり、重く、これにアイゼンをつけて登れるかどうか不安である。
 実際に行けそうな日程は7月の海の日前後からと考えていたが、1週間早まり7月12日からとほぼ日程が決まる。今回もツアーではなく個人手配を考える。前回のロシア旅行の手配を依頼したロシア専門の旅行会社、登山ツアーを行っている会社の2社に見積もりを依頼した。4月中に頂いた見積もりが思っていたより安く、個人手配で行くことにほぼ決定。
 次は問題の体力。一年を通して山に登り、実力、体力、若さのある人なら、さほどの問題はない山かもしれないが、二人は60歳前後、最近は近所の六甲山さえなかなか登りに行けない。
 行くからには登れるだけの体力をつけなければ。まず、4月25、26日に燕岳に行くことにする。雪崩の危険がなく、アクセスがよく山小屋がきれいなことがメリットだ。当日は暑いくらいの好天で大勢の人が登っていく。ところが二重靴の試し履きに行ったのに、今年の燕岳は雪が少なく燕山荘の前はほとんど雪がない。燕山荘から燕岳までアイゼンなしで行ける。楽だと喜ぶところだが、今回はがっかり。しかも木の根がいっぱい出ている下りで靴下が下にずれてしまい、靴の内側が直接皮膚に当たってふくらはぎの内側が左右とも赤剥け状態になるというアクシデント。痛くて足を引きずりながら下るという情けないはめになってしまった。長めの靴下を購入する。
 登頂記などを読み、また手配をお願いした会社の方にも尋ねてみると、エルブルースはお金を出せば5000mまで雪上車が使え、登頂日の高低差は600m余り。天候次第だがさほど危険なことはなく、雪の上を長時間歩き続ける脚力と高度順応が決め手になるようだ。5月からの週末は脚力強化と高度順応のため可能な限り富士山に通うことにする。以下富士山の記録。

①[2015年5月2日(土)〜3日(日)] 晴れ 二重靴訓練

  2日 午後自宅発‐富士宮口5合目駐車場 車中伯 
  3日 富士宮口5:50発‐11:10浅間神社−頂上−下山‐自宅
    6合目からアイゼン装着、沢筋を雪のあるところを選びながら登る。

②[2015年5月9日(土)〜10日(日)] 晴れ 二重靴訓練

  9日 午後自宅発ー富士宮口5合目駐車場 車中泊
 10日 富士宮口5:50発‐11:00浅間神社−頂上‐下山ー自宅
    前回より少し上でアイゼン装着 前回と同じルート。

③[2015年5月16日(土)〜17日(日)] 晴れ 二重靴訓練

 16日 午後自宅発‐富士宮口5合目駐車場 車中泊
 17日 富士宮口5:50発−妻9合目で下山、夫頂上まで登り下山‐自宅
    前回より少し上でアイゼン装着 前回と同じルート

④[2015年5月29日(金)〜30日(土)] 晴れ 二重靴訓練

 29日 夕方自宅発‐富士宮口5合目駐車場 車中伯 
 30日 富士宮口5:50−10:40浅間神社‐頂上‐下山−自宅
    前回より少し上でアイゼン装着 前回と同じルート

⑤[2015年6月6日(土)〜7日(日)] 晴れ 冬用登山靴

  6日 午後自宅発‐富士宮口5合目駐車場 車中泊
  7日 富士宮口5:40発‐9:10浅間神社‐頂上‐お鉢一周‐下山‐自宅
    夏道を9合目まで登り、9合目からアイゼン装着

⑥[2015年6月19日(金)〜20日(土)] 晴れ トレッキング靴

 19日 夕方自宅発‐富士宮口5合目駐車場 車中伯 
 20日 富士宮口5:50-9:00浅間神社‐頂上‐お鉢一周‐下山
    アイゼン使用せず。夏道。

⑦[2015年6月27日(土)〜28日(日)] 晴れ トレッキング靴

 27日 午後自宅発‐富士宮口5合目駐車場 車中泊
 28日 富士宮口4:50-8:05浅間神社‐頂上‐お鉢一周‐下山
    アイゼンなし、強風で3時間以内を目指すがかなわず。

 天候に恵まれ、時間もやりくりできて7回富士山に行けた。昨年は一度も行かなかったので、1回目は戸惑ったが、2回目からは要領を思い出した。休憩は短時間で、ゆっくりでも持続して登ることを心がけた。二重靴の試し履きと脚力強化が目的だったので、富士山の常連の方に教えてもらった沢筋の雪のあるところを選びながら登った。今年は富士山も雪が少なく5月の初めですでに9合目までは夏道でアイゼンなしでも登れるほどだったので、重い二重靴にアイゼンをつけて雪の急斜面を登るのは心身ともにきつかった。力が要る上に、時間も5時間以上かかって疲労がなかなか抜けなかった。夫は二重靴にさほど問題なく慣れているようだったが、私は左右とも小指の辺りがしびれ、いろいろ紐の結び方を変えて試すのだが、特に下りではしびれることが多かった。2回目に頂上で同じ靴を履いてマッキンレーに登った人から二重靴に適した薄手の靴下があることを教えてもらい、購入した。かかとがフィットするので靴下がずれにくく少しましな気がした。ところが3回目には前夜よく眠れなかったこともあり気力がうせてしまい、登れなくはなかったのに9合目で下りてしまった。こんなことで登れるのだろうかと不安が高まっていった。
 結局言いだしっぺの三男が仕事の都合で参加できなくなったが、高い靴を買いトレーニングも始めていたため、連休明けに登山専門のAG社の手配で夫と二人で行くことに決めた。担当者が現地の山に登ったことがあるため現地の事情に精通しているようであったこと、装備なども丁寧に相談にのってくれたこと、保険が割安に思われたことなどが決め手になった。あまり登り時間が短縮されないことから弱気になりかけていたが、4回目これで二重靴は終りという頃に、ようやく靴に慣れた感じがして少し安堵した。夏道を登りだしてからは、靴も軽くなり登る時間も短縮されて疲労が軽減した。

7月12日(日) 晴れ


 伊丹‐成田‐モスクワと乗り継ぎ、夕刻モスクワ着。息子が出迎えてくれていて、一緒にホテルまで行く。宿泊予定のホテルは空港から見えるのだが、荷物が多い上、ぐるっと遠回りしなければいけないので、30分に1本の無料バスを待つ。日本は急に蒸し暑くなって半袖だったのに、ここは17℃と肌寒く長袖が基本。ホテルの前には階段があり、自分でスーツケースを運ぶとなるとつらい。もう少し何とかならないものか。夕食を一緒に食べ、息子は無料バスで空港から自宅へ帰る。ホテルはこじんまりとしているがバスタブもあり、ゆっくりお風呂に入って20:20には寝てしまう。時差6時間ということは夜中の2時過ぎ。くたびれた。

7月13日(月) 晴れ


 ホテルから無料シャトルバスで空港へ行き手続き。2時間あまりのフライトだが、途中から大きな区画の畑がパッチワークのように見える。小さなミンボディの空港で山岳ガイドのオレグと落ち合う。29歳のウクライナ人の青年。本業は医師。途中で水を買い一路テレスコルまで専用車。昼食は途中のカフェで。パスタと肉といわれたのだが、黄色いのはパスタではなく味のないトウモロコシの粉の塊のようなもの。ガイドのオレグもびっくり。おしゃれな店なのにトイレは外で、簡単な囲いの中に地面を掘っただけのものだった。

トウモロコシ畑、りんご畑、ひまわり畑(まだちらほら咲き)がどこまでも続くように見える農地、川沿いの鉱山の町を過ぎ、山岳リゾートテレスコルに到着(約3時間のドライブ)。
テレスコルのホテル。レストランなどがある小さな街から山のほうへ少し入った静かなホテル。窓が開いているのが私たちの306号室

部屋の中。こじんまりとしてきれいなのだが、シャワーを使うと排水が一方向にしか流れず洗面スペースが水浸しになるのが難点

7月14日(火) 晴れ

朝早く目覚める。窓から青空が見える。少しホテルの周囲を散歩する。空気は冷たいがいい天気。
広場からエルブルース東峰が見える

コーカサス山脈

チェゲットのリフトの近く

朝食後、車でアザウまで行き高度順応のためロープウェーでミールステーションへ。ロープウェイは9時発と聞いていたが、9時半発らしく、切符を売り始めるのも9時半から。ロープウェイの終点からゆっくりと雪のない道を歩いてバレル小屋まで行き、小屋からは雪道を11番小屋まで歩く。雪道はアイゼンなしで登る。高度順応ができているか、寒くはないか、心配だったが、天気がよく寒くない。体調もよい。後ろは11番小屋。今日はここまで。

バレル小屋からリフトで下る、登りもこれに乗りたかった。
町で遅い昼食を食べホテルへ。休憩後、明日から山小屋へ行くので登頂日の荷物チェック。足りない羽毛服、カラビナを近くの山道具店でレンタルする(二人合計で1万円弱)。大はやりである。

7月15日(水) 雷雨のち晴れ

ホテルの窓から見える空が昨日より雲が多い。
登山には不要な荷物をホテルに預け、出発するも、雲行きが怪しいと思ったら、雷と雨。ロープウェー乗り場に着くなり、猛烈な雨になった。続々人がやってくるがロープウェーも止まっているので、待機。ようやくロープウェーとリフトを乗り継ぎバレル小屋へ。
向かって左が1番。右から3番目の7番の小屋に入る。

6人部屋だが、今晩は私たちとガイドさんの3人のみ。早い者勝ちで奥の窓の前をとる。窓からエルブルースが見える絶好のポジション

14時の昼食後、4200mまで登る。今回もアイゼンなし。緩やかな登りで体調もよい。17時半ごろ小屋到着。19時の夕食まで休憩。食事棟。キッチンを仕切っているマリアンさんがおいしい食事を作ってくれる。朝食の甘いポリッジを断わったら目玉焼きを作ってくれた。

高度順応のため意識して水分を取ったら、トイレに行きたくて目が覚める。夜このトイレに行きたくなかったが、いたしかたない。

7月16日(木) 晴れ

今日は、4700mのパスツーコフ岩までの高度順応日で、順調なら翌未明に起きて登頂日になる。ただし17日は強風との予報。ゆっくり起きて朝食後、9:00に小屋出発。風が強くなかなか進まない。夜あまり寝られなかったせいもあり、お腹もすいていて快調とは言いがたい歩み。パスツーコフ岩の手前4500mで下ることにする。ガイドは天候と今日の状態を見て、登頂日は18日に決めた模様。部屋にはドイツ人夫婦(同じホテルに1日遅れで来た)とガイドが入って満室に。14:30に昼食を食べて、安心してぐっすり寝る。いつもどおり19:00の夕食後、就寝。

7月17日(金) 晴れ

4:00前にトイレに起きると、15日の夕食、16日の朝食で一緒だったドバイからのインド人二人組が出発のため宿泊棟の前にいた。空は晴れて星が見える。やや遅めの4:00出発。幸運を祈る。後で5000mまで雪上車で登った後、途中で一人の足が痛くなり引き返したとの情報。彼らは19日モスクワ発のため、これがラストチャンスだった。
 私たちは朝食後少し登ったところで1時間強アイゼンとピッケルのトレーニング。明日の登頂の説明後休憩。昼食後も休憩して、翌朝に備える。私たちはゆっくりしていたが、同室のドイツ人夫婦は4700mまで登ったとのこと。彼らは翌朝、翌々朝のどちらを登頂日にするか決めていなかったが、天気が翌朝のほうがよいとのことで、私たちと同じ翌朝に決定。晩御飯を断わって寝ている。タフである(後で聞いたらメラピークにも登ったとのこと)。
 夕食はオーストリアグループと一緒に骨付き鶏入りピラフを食べる。大鍋で炊いたものでおいしく、元気が出る。翌日は3時出発でロシアのピルグリムパーティに分乗させてもらい5000mまで雪上車で行けることになった(ガイドを除く10人となり1人100€)。

7月18日(土) 晴れ

 パン、目玉焼き、日本から持ってきたカステラを食べ出発。天気はよさそうである。暗い中を雪上車がどんどん登っていく。途中で降りた人が見える。5000m付近で雪上車を降り、歩き始める。ゴーグルが曇ってよく見えず、私は歩いているつもりだが、うろうろしていたらしく、ガイドのオレグがゴーグルを下げてくれ、ようやくまともに歩き出す(夫は今回はもうだめだと思ったらしい)。オレグを先頭に私、夫の順にトラバース気味に一歩一歩進む。さすがに息は苦しいのだが、幸い風はなく、追い抜かれたりしながらも順調に登っていく。途中でカメラを構えている人がいたが、深く考える余裕なく、下を向いて歩く。

徐々に明るくなっていき西峰が赤く染まっている。サドルまでトラバースのはずなのに、長いなあと思っていたが、ようやく6時ごろサドル到着。ここで水分補給とどら焼きなどを食べる。夫がソイジョイを差し出してくれるが、固いもの受け付けず。ストックをデポしてここからはピッケルで登る。

西峰の登り道がきれいに見える。大勢が順に登っている。写真を撮りたかったが余裕なし。ここからは急登。フィックスロープまでようやく到着。天気がよく風がないので、あまり高度感がないが、かなりの坂の上で少し休憩。2度目のフィックスロープを登る。登り終わると広々した場所にでる。もう少しと思いながらここからが長い。お腹が少し変。晴天で風がないので羽毛服を脱ぎオーバージャケットに着替える。少し休み、ゆっくり頂上を目指す。

もう登った人がうれしそうに降りてくる。ふらふらしている人もいる。もうすぐなのに時間がかかるなあと思いながら、ようやく最後の短い登り。頂上到着。

風もなくコーカサス山脈の雪をいただく険しい峰も緑の平原も360度全部見える。
 下りは楽だと思っていたのだが(もちろん登りより楽だったが)、長い。フィックスロープのところは慎重に下る。こんなところを登ったのかと思いながらサドルまでのルートを見下ろす。ようやくサドル到着。デポしていたストックを取り少し休憩。ここからは、トラバースだと気楽に考えていたが、結構きつい。ようやく5000m着。大勢が雪上車を待っている。下りとはいえもう歩きたくないのだ。

オレグが交渉してくれて、下りは一人50€で降りられることになった。ガイドを含む17名がなんとか乗り込み、小屋まで一気に1300mを下る。30分で小屋到着。下っている間も天気はよく、風もない。本当にいい日に恵まれた。
昼食は14:00〜で、もうお腹がペコペコだった。予備日を使ったので、今日中の下山をリクエストする。OKが出て、昼食後はリフト停止の16:00までに降りるべく大急ぎで荷物をまとめる。
お世話になった料理人マリアンさんとガイドのオレグと一緒に。

リフト、ロープウェーを乗り継ぎ、車でホテルまで。
今晩の夕食は街のレストランで。
シャワーを浴びゆっくり寝る。

7月19日(日) 晴れ

朝早く目が覚め、ホテルの上手を散策。昨日中に下山してよかった。

今日はリフトに乗ってチェゲットへ。

リフトを乗り継いだ先はすばらしい眺め。エルブルースをバックに。

リフトから下を眺めるとすばらしいお花畑。いったんリフトで下に降りてから、昼食。昼食後、車で10分ほどの湧水のところへ行き帰りはオレグとしゃべりながら歩いてホテルまで帰る。
もう一度、今度は歩いてチェゲットに登る。山中がお花畑で、もう一度近くで見てみたかった。




こんなきれいなところがあるとは。花の数も種類も多く、ずっといたい場所だった。白い山の向こうはジョージア(グルジア)。
ホテルの夕食時に登頂証明書をいただく。

7月20日(月) 晴れ

早朝、ホテルの周囲を散歩。新しいお客のお迎えに合わせるため、空港までの送りは7:00発になってしまった。
途中で、行きがけにはまだつぼみだったひまわり畑の写真を撮る。後ろに見えるのはエルブルース。

満開です。

早く着いたので、1本前の飛行機に乗せてもらえないかと交渉するも、きっぱり断わられる。
一週間ぶりのモスクワ到着。アエロエクスプレスでベラルースカヤ駅到着。地図を見ながら歩いてホテルまで。
次男と明日の訪問地ウラジミールへの切符を買いに、出発駅のクールスカヤ駅まで行く。
窓口はどこも行列で、しかも1人が20分ぐらいかかる。何人かで来て、各自別の行列に並び、早く進む窓口で買うのがポイントのよう。伝統の技が生きている。1時間以上かかってようやく切符が買える。みんな辛抱強い。
夕食は、昨年12月から念願のカフェプーシキンへ。お値段も高いけど、おいしくて、接客マナーが特別。

7月21日(火) 曇り

次男とホテルで朝食後、今日はウラジミールとスズダリへ行くためにクールスカヤ駅へ。切符を買ってあるので楽観していたが、乗り場がわからない。迷った挙句、ようやく見つける。改札口がなく、乗車前に切符のチェックがある。向かい合わせの4人がけの指定席に座る。ニージニー・ノヴゴロド行きでウラジミールは3つ目の駅。時速70〜80キロで快適に進む。トイレは2車両ぐらい向こうにあり、1つだけなので行列。しかも一人ひとりが長いので、辛抱強く待つ。ここでは何でも行列。意外にきれいなトイレで安心する。約1時間40分でウラジミールに到着後、先にスズダリへ行くためにバス乗り場を探すが、これがまたよくわからない。結局駅の向かいの建物の2階から出発することが判明。ここは起伏のある場所のため、バスが直接見えないのだ。このバスも指定席で、立っていくこともできる。40分ほどでスズダリのバスターミナル着。追加料金を払って中心部近くで下車。クレムリンを目指す。

カーメンカ川。生憎の曇り空。

木造建築博物館の風車

昼食はコテージが並ぶホテルの中のこのレストラン

おしゃれな内装で、しかも安くておいしい。食事中雨が降り出し、格好の雨宿りに。

ウラジミールへ戻るため、バスターミナルまで歩く。約15分。立ち席しかなかったが、途中から降りる人もあり座ることができる。ウラジミールに付く頃には晴れ始めて青空が見える。
ウスペンスキ大聖堂

黄金の門

駅近くのホテルで夕食を食べ、予約していた列車に乗車。乗り場がどのあたりかよくわからなかったが、行きと同じ車両番号だったので、大体ここら辺と決め待っていたらどんぴしゃ。列車に乗るのもスリルがあります。
帰りは地下鉄にすんなり乗り換えられホテルへ。

7月22日(水)晴れ

今日はモスクワ最終日。昨日とはうって変わっての晴天。昨日と同じように次男の来るのを待ってホテルで朝食後、チェックアウトをして荷物を預け地下鉄で観光へ。間違えて墓地のほうへ行ってしまった。
ノヴォデヴィッチ修道院


チャイコフスキーが「白鳥の湖」の構想を練った池。湖の向こうに高層ビルが見える

雀が丘にリフトで登ってから、モスクワ川クルーズという目論見は、リフトが動いていないこと(理由不明)で断念。クルーズ船乗り場へ行くも、チケット売り場はあいていないし、自分の遊覧船を勧めるおじさんに遭遇して閉口する。待つこと1時間弱。チケット売り場が開きようやく乗り降り自由の遊覧船に乗り込む。

ピョートル大帝記念碑

クレムリンが見え始める

スターリン建築(たぶん芸術家アパート)を真正面に見ながら下船

赤の広場を歩く。大勢の人。

昼食をゴドノフで食べ、ホテルに戻って荷物を受け取り、アエロエクスプレスでシェレメチェボ空港へ。切符は降りるときにも買えるようだ。

7月23日(木)

成田到着後、羽田まで行き伊丹へ。肌寒いモスクワから暑い日本へ帰ってきた。

登山を終えて

 昨年末から数えて3度目のロシア。昨年の今頃は行くことなど念頭にもなかった国へ3回も行き、登れると思っていなかったエルブルース山に登ることができた。
 エルブルースは技術的には難しくなく、長時間のアイゼン歩行と高度順応がうまくいき、天候に恵まれれば登れる山だと書いてある。しかし日頃山行も少なく、5000mを越える山は久しぶりなので、自分なりに気を入れて準備した。結果的に天候に恵まれ登れたが、強風など、天候が悪ければ私の力では登れなかったと思う。
 また、あまり事前の情報がなく、登れたからよけいに強く感じたことかもしれないが、7月のエルブルース周辺の山々のお花は種類も量も豊富で、雪をいただく雄大な景色とともに記憶に残るものとなった。行きにはつぼみだったひまわりが帰りには満開になり、好天に恵まれてひまわり畑の向こうに白いエルブルースが見えたのも感激した。
 一方、山岳ガイドのウクライナ人のオレグの話はウクライナ情勢の厳しさを感じさせられた。6月から3ヶ月間テレスコルの手前、車で15分の町に妻子と一緒にアパートを借りて山岳ガイドの仕事をしていること、医師としての給料が安く(スノーボーダーのアルバイトの時給のほうが高い)、9月にウクライナに帰ってから今後の仕事を考えることなど、日本では考えられない状況だった。
 ミンボディの空港から登山基地まで、不安と期待で緊張しながら眺めていた景色。広大な畑、ところどころ放置されたような建物のある町、自然にできたとは思えないような対岸の切り立った形の山。彼は勉強家らしく、帰りには私たちの質問に答えて、鉱山の状況などの説明をしてくれた。夏の休暇を楽しむ人たち(私たちもその一人)、圧倒的な広さの畑、日本のふじとは比べ物にならない鈴なりの小さなりんご。どこで生まれ、どこで育ち、どこで生きていくか、つい考えてしまう旅行になった。















 

中国・雲南旅行(2014年11月1日〜8日)

日程

11月 1日(土) 関空(中国東方航空MU748便)16:55−18:10上海21:00−24:25昆明
                            昆明錦江大酒店泊
11月 2日(日) 昆明(中国南方航空CZ3481便)11:00−11:45大理−大理観光
                          大理古城蘭林閣酒店泊
11月 3日(月) 大理滞在                大理古城蘭林閣酒店泊
11月 4日(火) 大理(バス移動)−麗江             麗江王府飯店泊
11月 5日(水) 麗江滞在                   麗江王府飯店泊
11月 6日(木) 麗江滞在                   麗江王府飯店泊
11月 7日(金) 麗江(中国東方航空MU5805便)8:00−9:00昆明   昆明錦江大酒店泊

白馬岳[2012年9月22日(土)〜23日(日)]

日程

9月22日(土)晴れ

 2:30起床−自宅3:00発−8:15駐車場−タクシー−8:45猿倉8:55−9:40白馬尻小屋−10:15大雪渓−11:40避難小屋−12:40村営頂上小屋(昼食)−13:20白馬山荘−白馬岳往復−15:30レストラン休憩−17:00夕食−18:30就寝

9月23日(土)雨

 5:15起床−5:30朝食−白馬山荘発6:45−8:55白馬尻小屋−9:15猿倉9:30−タクシー−9:40駐車場−10:00倉下の湯10:45−11:30昼食「つばくろ」12:00−中央・名神経由−18:10自宅

9月22日(土)

 20年前に家族で登った白馬岳に、今回は二人で登りに行った。前回は蓮華温泉からだったので、猿倉からの大雪渓登るのは初めてだ。3:00に家を出たものの、猿倉へ向かう途中で止められた。猿倉の駐車場がいっぱいとのこと。6キロ手前の臨時駐車場に止め、タクシーで猿倉まで向かうことに。あと15分ぐらい早かったら上まで行けたかな。
猿倉荘

林道を20分ぐらい歩き、山道へ。日差しがきつく暑い。

白馬尻小屋に到着。

30分くらいで雪渓が。

軽アイゼンをつけて登る。

大勢の人が登っている。さすが人気の山。

天気がよく景色もすばらしい。

ほとんど休憩を取らず村営頂上小屋まで登る。天気がよいので快適な登り。村営頂上小屋でようやく休憩。昼食。小屋の横にビールの自動販売機があるのでびっくりする。
白馬山荘と村営頂上小屋。

宿泊手続き後、荷物を置き白馬岳へ登る。
白馬岳頂上。

白馬山荘・部屋。ドアなし。私たちの部屋は6番。二人で使うので楽だった。

白馬山荘は最大収容人数が800人と、とても大きな山小屋。夕食は3回に分けてとった。夕食前に向かいのレストランで生ビール(800円)。山では初めて。部屋の中にはピアノもあり、8月の週末には講演会もあるそうだ。早朝出発だったので、夕食後すぐに部屋に戻り寝てしまった。

9月23日(日)

残念ながら雨。さっさと同じ道を下ることにする。雨にぬれた木道が滑りやすく、何度か転ぶ。咲いていた花を下りで撮ろうと思っていたのだが。やはり撮れるときに撮っておかなければいけなかった。
猿倉荘に到着。大勢が雨宿り。タクシーの同乗者を見つけ、駐車場まで行く。しめったからだが気持ち悪いので、まず温泉を探し10:00からあいている倉下の湯を偶然見つける。

感想

久しぶりの北アルプス。天気予報はさほど悪くなかったはずだが、2日目が雨になり下りの景色を楽しむことができなかったのが残念だった。知名度の高い山だけあって9月の連休は臨時駐車場も停める場所がなかったそうだ。お花が多くルートも整備されているので人気があるのも当然か。雨の安曇野もなかなかだった。

 

南アルプス仙丈ケ岳(3033m)・甲斐駒ケ岳(2967m)[2012年9月8日〜9日]

日程

9月8日(土) 自宅3:08発−7:06仙流荘8:00−バス−8:45北沢峠8:58−10:10四合目−大滝の頭−10:30六合目−11:20八合目−11:58仙丈ケ岳頂上12:20−12:30千丈小屋12:50−13:20馬の背ヒュッテ−14:45北沢峠着 長衛荘 17:00夕食−20:00消灯
9月9日(日) 2:50起床−3:15朝食(お弁当)終了−長衛荘3:30−4:00仙水小屋−4:30仙水峠−5:45駒津峰−6:10六万石・八合目休憩6:20−直登ルート−6:55甲斐駒ケ岳頂上7:15−迂回ルート−8:10駒津峰−双児山−9:25北沢峠10:00−バス−10:40仙流荘−温泉・昼食−17:05自宅

9月8日(土)

 早朝、自宅を出発し北沢峠へ。今日は仙丈ケ岳へ。北沢峠に向かうバスに乗っているときには晴れていたのに、徐々にガスが出てきた。
樹林帯を歩く。

小千丈ヶ岳を通る尾根ルートを選ぶが、ガスで景色が見えない。

頂上。

千丈小屋で休憩。

千丈小屋から馬の背ヒュッテへの道はお花がきれいに咲いている。

ナナカマドの実が赤く色づいている。

今日の宿、長衛荘。

食事はおいしかった。生ビールは明日のことを考え断念。

9月9日(日)

 10時戸台口行きのバスに乗るために、3時半出発。私は今日は小屋に荷物を預け空身。雨具やフリースは夫や息子に預けるお姫様登山である。真っ暗な中をヘッドランプの灯りで登る。思ったより仙水小屋が遠い。仙水峠までのガラガラ道でルートを見失うが、何とか峠に到着。峠からの急登のあいだに徐々に明るくなってくる。空身にもかかわらず、この登りはきつかった。

六万石で休憩後、直登ルートを行く。岩場だがおもしろい。頂上到着。まだ誰も来ていない。

出発前の天気予報ははずれて、とてもいい天気になる。富士山、北岳、昨日登った仙丈ケ岳もよく見える。途中で追い越した男性が迂回ルートから到着。

下りは、迂回ルートを通って六万石へ。登ってくる人とすれ違う。
駒津峠からは双児山を通って長衛荘へ降りるルート。コースタイムは1時間50分なので、コースタイムどおりでちょうど10時着。まず、バスには間に合うだろうと一安心。たくさんの人が登ってくる。8時ごろバスで到着した人たちか。双児山の登りからずっと樹林帯。足元に根が出ていて歩きにくくスピードが出ないが、それでも下りは楽だ。途中から人が途切れ、誰もいない中をどんどん下る。30分前に北沢峠に到着。のんびりバスを待つ。

感想

 昨年に続き南アルプスへ。1日目の仙丈ケ岳はさほど人も多くなく、まだお花も咲いていて気持ちよく歩けた。午後からガスが出てきたので頂上付近の眺望がよくなかったのが残念だった。日曜日の天気予報は雨だったが、思わぬ好天に恵まれ、南アルプス一望となった。前日の疲れもあったのか甲斐駒ケ岳の登りはきつく感じたが、早出したおかげで、直登ルートは一番乗りで登りやすかった。バスを利用しなければならないので、アクセスに時間がかかるが、帰りに温泉に直行できるのがいい。

モンブラン(4807m)登山[2012年7月30日〜8月11日]


日程(○は予定変更)

7月30日(月) 関空22:30発(トルコ航空047便)
7月31日(火) 5:35イスタンブール8:10(1917便)10:25ジュネーブ着 
        送迎車でシャモニへ移動            シャモニホテル(バレーブランシュ)泊
8月1日(水) 休養日(エギーユミディ展望台)               ホテル泊
8月2日(木) シャモニよりイタリア・ピコへ移動。グランパラディソ(4061m)登山へ。
                                        チャボッド小屋(2710m)泊
8月3日(金) 早朝から登山開始 グランパラディソ登頂、下山。イタリア・ピコからシャモニへ移動。  
                                                ホテル泊
8月4日(土) 休養日(午前モンタンベール、午後プレバン展望台観光) ホテル泊
○8月5日(日) モンブラン登山開始→悪天のため延期、休養日(ボソン氷河観光) ホテル泊
○8月6日(月) グーテ小屋宿泊予定→悪天のため延期、休養日(バルム観光) ホテル泊
○8月7日(火) モンブラン登山開始 テートルース小屋(3167m)泊
○8月8日(水) テートルース小屋からグーテ小屋(3782m)を経てモンブラン(4807m)登頂、下山 
                                        テートルース小屋(3176m)泊
○8月9日(木) テートルース小屋から下山、シャモニへ。午後グランモンテ観光 ホテル泊
8月10日(金) ガイアンの岩場観光後、バスでジュネーブ空港へ 
         ジュネーブ18:30発(トルコ航空1920便)22:35イスタンブール
8月11日(土) イスタンブール00:50発(トルコ航空46便)17:55関空着 自宅へ

出発まで

 今夏の予定をいろいろ考えていたが、モンブランに決定。2週間以下で行けること、許可が不要なこと、登れる可能性があることが主な理由。ただし、5月の連休あたりから話には出ていたものの、現地手配をシャモニのAPJ社に依頼したのは、6月初めになってからだったため、グーテ小屋の予約が取れるかどうかがポイントに。6月中旬にキャンセルが出たと連絡をもらい、大急ぎでグーテ小屋予約日の8月6日を中心に大まかな旅程を考え航空券を手配した。夏の旅行シーズンのうえロンドンオリンピックの影響か、ヨーロッパ都市経由便が高めで、それより安く乗り継ぎ時間が比較的便利なトルコ航空を予約した。ところがそれ以降具体的なスケジュールが進まず、やきもきした。結局、高度順応のためにイタリアのグランパラディソに登り、その後モンブランを目指すという日程や現地での打ち合わせが確定したのは出発の2日前だった。ホテルは自分たちでインターネットで手配。事前準備として5月末から富士山に5回行き高度順応と脚力強化をおこなった。日程はともかく登れるだけの体力をつけておかないと、登頂は覚束ないと考えたからである。5回目は強風の御殿場口からで、後から考えると、この長丁場の経験も生きたと思う。旅行保険についても、高額な保険を提示され最後までどたばたした。

7月30日(月) 晴れ

 午前中に用事を済ませ、早めに夕食を食べ午後6時過ぎ自宅出発。私にとっては初ヨーロッパ。楽しみでもあるが、登山があるので緊張気味。アイゼン、ピッケル、ストックなどを入れると荷物が一人20キロを超過してしまった。アタックザック2つを機内持込みにし、登山靴等をいれる。二人合計46キロまでOKということで、私のザックだけが機内持込みとなる。
 トルコ航空はアメニティも配られ、食事もなかなか。ほぼ満員。イスタンブールまでの飛行時間は約13時間(時差6時間)。長い。

7月31日(火)

 早朝、イスタンブール着。

乗り継ぎの人で一時的に混雑。関空から高校生の集団と一緒だったが、滋賀のY高校のサッカー部員。なんとバルセロナへ行くそうな。機内でも行儀よく、また着陸後の席の後片付けもきちんとしてあり気持ちがよかった。
 お土産店を少しひやかして、早々に搭乗ゲートへ行く。時間が早いせいか空いている席が多くありがたい。やっと横になって休む。日本人は私たちだけのようだ。ジュネーブまでは約3時間の飛行(時差1時間)。簡単な朝食も出る。空港着陸前に雪をいただいた山が見える。モンブランかいや違うと言っているうちレマン湖を大きく回りこむようにして着陸。
専用車で11:00シャモニへ移動。すぐに国境を超えフランスへ。天気がよく、遠くにモンブランが見え始める。

12:15 シャモニ(1035m)、バレーブランシュホテル着。
バレーブランシュホテルとモンブラン

ネットで見つけたこのホテルはアルブ川沿いの小さなホテルでロビーも小さく部屋も広くないが、エレベーターがあり、バスタブ・冷蔵庫付き。何と言っても場所が便利。パルマソシュールの像から徒歩1分、そのわりに静か。今回は3階のモンブラン側の部屋でホテルの窓から小さくモンブランが見える。もちろん外へ出たほうがきれいに見える。シャモニ滞在中は毎日モンブランの様子を確かめるのが日課になってしまった。
アルブ川をはさんで向かいのレストランの花

昼食はホテルのフロントのおじさんのお勧め、ホテルの2〜3軒先のイタリア料理、Casa Valerioでお昼のセットメニュー。前菜、パスタ、デザート、コーヒーで13€か14€。1€100円で換算してもお得感がある。その後、町の散歩。天気がよいせいか日差しがきつく暑い。
パルマソシュールの像。指の先にはモンブラン

サンミッシェル教会。後ろはプレバン展望台。

町の中

郵便局の横。何度もこの前を通った。

観光協会の日本語案内でベルナディドさんに明日のミディの展望台の予約をお願いすることができた。スーパーに入ったりスポーツ店を物色したり。ぶらぶらして少しずつ町の様子がわかってきた。7時過ぎから時計台のそばの店で夕食。メニューがよくわからず、何を食べたいかも決められず、スパゲティを頼むが、結果的にこの旅行の中で唯一失敗したと思われる味と値段(生ビール1杯+パスタで二人で37€)。ここは、食事をするというよりはビールやワインを飲みながらのんびりするところだったのだ。
 長旅の疲れもあり夜9時過ぎに就寝。

8月1日(水)晴れ

6:00起床−ミディの切符売り場まで朝の散歩−7:00 朝食−部屋で装備点検−9:30 現地旅行会社(O村さん)と装備の確認。山岳保険加入手続き後、スネルスポーツでヘルメット、ハーネスのレンタル−11:20エギーユミディのロープウェイ乗り場12:00発−展望台(3842m)−イタリア往復−16:00下山へ−装備買い物−19:30夕食−21:30就寝
 朝食の前にエギーユミディのロープウェイ乗り場まで行ってみることにする。朝は半袖では寒いほど。よい天気のせいか始発の6時半前にロープウェイを利用する人が集まり始めている。山登りの格好をした人たちがほとんど。この時間なら空いていてすぐに利用できるようだ。
ホテルの朝食。このホテルでは毎朝こんな感じ。チーズとハムがおいしかった。

ロビーが狭いので、9時半からホテルの前の水場(この水は飲める)で現地旅行会社のOさんと装備の確認をする。日本の残雪期の装備でOK。町のオリジナル地図やバスの時刻表もいただく(とても役に立った)。ガイド組合の3階で山岳保険(レスキュー)に入った後、スネルスポーツでヘルメット、ハーネスのレンタルを申し込む。思ったより時間がかかり既に11時過ぎ。時間節約のため、おいしいと聞いた観光協会向いのパン屋さんでサンドイッチを買い昼食として持っていくことにする。11:20にミディの乗り場に行くと大混雑。ベルナディッドさんを探して予約券をもらい、ロープウェイに乗り込む。もう12:00だが、この時間ならイタリア側へも行ける。ミディの展望台(3842m)まで高度差2700mを登る。
中間駅まで。

中間駅でロープウェイを乗り換える。一気に登る。すごい眺め。

山頂駅をイタリアの方向に少し歩いて、テレキャビンに乗ってイタリア方向へ行くのだ。4人乗りのテレキャビンが3つずつまとまってくる。

天気がよいせいかどこも大混雑である。待っている間にサンドイッチを食べる。
今年はイタリア側に下りられないそうだが、エルブロネル(3466m)までテレキャビンで往復。雪上訓練をしている人が見える。大きなクレバスも。急に雲がかかってきて見えなくなった。天気は変わりやすいようだ。ここからモンブランへのルートはコスミック稜を越えていく縦走ルート。私たちが登るノーマルルートより長く難しいといわれている。今年7月に雪崩があり大量遭難を出したとのことだ。風、クレバス、心配することはいっぱいで、こんなんでモンブランに登れるのだろうかと益々不安になる。

ミディまで戻る。

レーニングをする人

エレベーターでミディの塔まで登る(別料金)。

モンブランを背景に。

下りは中間駅で途中下車。歩くつもりだったが、休憩しただけ。

ミディ針峰

下りてから、スネルスポーツでテルモス、ゴーグルを買い、夕食は郷土料理の店LA CALECHE。迷ったが夜のセットメニューを注文(一人24,5€)。ボリュームたっぷり。ここサボワ地方の白ワインもきりっとした味でおいしかった。次から次へとお客さんが来て店は大繁盛だった。

8月2日(木)晴れ

6:00起床−7:00朝食−9:30ガイドと待ち合わせ(ホテルロビー)−10:20シャモニ発−12:05駐車場(1960m)発−13:05昼食−chabod小屋(2710m)−19:00夕食−20:40就寝
 朝食後、ホテルをいったんチェックアウトするため、グランパラディソに持っていく荷物と、ホテルに預ける荷物を仕分ける。ガイドさんとはロビーで待ち合わせ。ガイドさんはイタリア人のニコラス。イタリア語を話せるMさんが通訳に来てくださる。細かい打ち合わせは通訳の方に任せたが、彼はまだ若くお母さんが英国人ということで英語も上手だった。必要のないものは置いていくことになり、ヘルメット、冬用ジャケットなどを取り出す。昼食は登っている途中で食べるとのことでサンドイッチを調達し10:20シャモニ発、モンブラントンネルを抜けイタリアへ。トンネルに入る車両の数量制限をしているため、少し待つ。中はスカスカ。イタリア側から見るモンブランは険しく、また登るのも難しいという。途中トイレ休憩。ニコラスは生ハムとパン、新聞を買う。小さな村をいくつか通り、グランパラディソの麓の駐車場へ。牛を放牧している横の小さな駐車場で、既に20台あまりが駐車中。紐が張ってあるところを越すと国立公園内だそうだ。イタリアで初めて国立公園に指定されたところとのこと。整備された道をゆっくり登る。木立の中を登るので涼しく快適な登り。1時間登ったところで、見晴台があり昼食にする。牛の避難小屋を過ぎるとだんだん木がなくなり開けた場所になる。道の両脇に花が咲ききれいだが日差しがきつく暑い。雪をいただいた山が見えてくる。

九十九折の道を登り、上のほうに小屋が見える。
やっと到着。暑かった。タオルも汗びっしょり。小屋前の広場には若者がいっぱいでにぎやか。夏休みの合宿のようだ。

小屋の中(半地下)。今日は満員とのこと。トイレ、乾燥室にも近く便利。

外に靴と靴下を干し、のんびりする。小屋の前は氷河が見え、奥には雪をいただいた山がいくつかとすばらしい眺め。ニコラスに明日のルートを尋ねると、小屋の横を少し登って1時間ぐらいトラバースした後、雪上を登り始めるとのこと。
夕食は19時からで、日本の山小屋と比べると遅め。夕食は、パスタかスープ、豚肉のソテーマッシュポテト添えかハムとチーズ、デザートの組み合わせ。スープ、ソテー、プリンを選ぶ。温かい野菜たっぷりのスープとマッシュポテトがおいしかった。小屋のスタッフはてきぱきとして愛想よい。ニコラスはここでは人気者。途中で新聞を買っていたのもスタッフにあげるため。日本の山小屋と違い若者の宿泊客が多く、私たちは文句なしの年長者。みんなにぎやかで楽しそうだ。
買ったばかりのシルクの封筒型シーツを使ってみる。肌触りよく暖かく快適だ。

8月3日(金)晴れ

3:30起床−4:00朝食−4:40小屋(2710m)発−5:40アイゼン装着−9:35グランパラディソ頂上(4061m)−12:00小屋・昼食−13:20下山開始−14:50駐車場−16:30シャモニホテル着−買い物−19:00夕食−21:00就寝
 起床後、隣の乾燥室で準備を始める。みんな手早い。コーヒーとパン・クラッカーなどの簡単な朝食の後、満月の中を次々に出発。風もなくよい天気だ。1時間ぐらいトラバースしてアイゼンをつけ、ガイドとアンザイレンする。ニコラス、夫、私の順。徐々に明るくなってくる。小さなクレバスがあるが、問題なく越え高度を稼ぐ。富士宮口を剣が峰まで3時間で登るペース。尾根に出たところで小休止しサングラス、上着を着る。風除けのためで少し寒い。同じペースで淡々と登る。天気がよく先に登っている人がよく見える。岩場にさしかかり、ストックをデポ。岩場で混み合っているので待ちながら登る。風もなく頂上へ。すばらしい眺め。

マリア様と。

頂上付近は岩場。

下りは、どんどん人を追い越し、気持ちよいほど。

小屋を見下ろす。

小屋での昼食はパスタを注文。ついでにデザートのケーキとエスプレッソ。
後は下るだけなので気楽なもの。下手な英語を駆使してニコラスと四方山話をする。パラダイスというだけあってすばらしい眺め。

途中でニコラスのお父さんにも会い、偶然に驚く。村上春樹芭蕉の名前が出てきてなおびっくり。ミラノの元大学教授。専門はアメリカ文学

帰りもモンブラントンネルを通るが、フランス側は入り口から車の列が1キロ以上続く。週末、フランスからイタリアへ行く人が多いとのこと。トンネルの中は空いているのだが、手前でとめているため。ニコラスは私たちを送った後、もう一度このトンネルを通ってイタリア・アオスタの家に帰るそうだ。どのくらいかかるのか気の毒になる。
天候に恵まれ、高度順応も問題なかった。事前に富士山に登ったのが功を奏したのか。モンブランがうまくいくとよいのだが。
 後で私たちはヴィットリオ・エマニュエル小屋に泊まったとばかり思っていたのだが、実際にはチャボッド小屋に泊まったのだとわかる。地図で確認するとチャボッド小屋のほうが雪面までトラバースしなければいけないので少し時間がかかるが、氷河が目の前にあり、グランパラディソ方向も見え小屋からの眺めはよさそう。
 今度は川沿いの2階の部屋にチェックイン。西日が当たるし、モンブランは見えない。おしゃれな部屋だが、前より使い勝手が悪い気がする。次はモンブラン側がいいなと話す。まさか、この部屋にずっといることになろうとは。
 夕食は川沿いのフランス料理CAFE DE L ARVE。セットメニューは一人24€。こぎれいだが量はやや少なめ。

8月4日(土)晴れ

6:00起床−7:15朝食−8:30ホテル発−モンタンベール行き駅9:00発−9:30モンタンベール駅(1913m)−氷河見学−11:10モンタンベール発−11:40シャモニ−13:00昼食−14:40プレバン展望台駅−観光ー15:40下山−買い物−19:00夕食−21:00就寝
 今日は休養日。電車に乗ってモンタンベールへ氷河見物に行くことに。チケット売り場。朝早いので空いている。

8時半始発で少し待ち2本目の電車に乗る。家族連れ、トレッキング、クライミングと目的に応じた格好で乗り込む。

駅前のスーパーも開いていて便利だ。
30分ほどでモンタンベール駅に到着。

目の前にメールドグラス氷河が見える。奥の山はグランドジョラス。

夫は右ひざが痛いとのことでゆっくり歩く。テレキャビンで氷河見物へ。
氷河をくりぬいた中は、涼しい。

向かいのドリュが目を引く形でせまってくる。

シャモニに戻り、昼食を食べに行くことに。川沿いのモンブラン広場で朝市をやっているのが見える。すっかり忘れていたが今日は土曜日だったのだ。もう1時前なので店じまい寸前。もう少し早く気がついていれば、駅から直行したのに。それでもランチョンマットと手作りネックレスを手に入れる。
おいしいと聞いたホテルアルピナ横川沿いのイタリアレストランNEAPOLISでパスタとピザを注文。この店だとパスタもピザも10€前後だが、ボリュームもあり確かにおいしい。1日夜のバスタとは雲泥の差だった。満足していったんホテルへ荷物を置きに戻る。
アルブ川。

午後はプレバン展望台(2525m)へ。

教会裏の急坂を登るとリフト乗り場がある。リフト駅(2000m)からロープウェイに乗り換えプレバン展望台(2525m)へ。
下から眺めていたとおりまさに空中散歩。中で富山から来た日本人男性に会う。日本ではガイドをしているそうだ。夫のひざの調子がよくないのであまり歩かず、向かいのモンブランを眺め、湖を見下ろし戻る。

ここにもモンブランを眺めながら飲食できるレストランがある。下に降りると教会の前に大勢の人。どうやら結婚式がおこなわれるようだ。参列者や家族の服装が赤を使っているものが多く珍しく感じる。花嫁は白いドレスでお父さんと車で乗りつける。

もっと見ていたかったが、天気予報を見るために隣の観光案内所へ行く。明日からの天気はあまりよくない。特にグーテ小屋に泊まる予定の6日が悪い。ここの天気予報は高度別で、絵付き。3000m以上は雪、風速80キロとか。雷マークまで。これは厳しい。
がっくりしたが、準備をしないわけにもいかないので、ホテルでまた荷物の仕分け。夕食は着いた日に昼食を食べたすぐ近くのイタリアン。偶然、日本人のグループの隣になる。北海道のグループで、私たちより1日遅れで、テートルース小屋、グーテ小屋、テートルース小屋の日程。これなら天気はよさそう。あまり食欲なく何とか食べる。店を出るとポツポツ雨にあたる。やはり天気がよくないようだ。
 夜中に雷の音で何度か目が覚める。

8月5日(日)曇り−雷雨−晴れ

6:00起床−7:00朝食−8:45ガイドさんと打ち合わせ−予定変更休養日に−12:00昼食−13:23バスでボソン氷河へ−13:35リフト乗り場−14:00氷河横(1410m)−雷雨休憩−16:00バスでシャモニへ−18:30夕食−21:00就寝
 荷物をまとめ、出発準備をしてチェックアウトをする。ガイドのニコラスが来て、今日の天気ではテートルース小屋まで行けても何もできず、翌日の天気も悪いので停滞するだけと言われる。また、街で降った雨は3000m以上では雪になり、誰も通らなければふみ跡もなく難しくなる。はっきりとダメとは言わないが行きたくなさそうだ。決断は私たちなので、相談して今日の出発は取りやめることにする。グランパラディソ出発時に通訳をしてくれたMさんに電話し、2日後出発、グーテ小屋は今からでは予約が取れないので、テートルース小屋をもう1泊予約してもらい、テートルース小屋からの往復で山頂を目指すことになった。
がっかりしたが、少しほっとした部分も。私はお腹の調子がいまひとつだし、夫はひざの調子があまりよくない。何とか時間はあるので、休養したほうがよいかもと思う。チェックアウトしたが部屋代は払ってあったので、問題なく2泊できるとのこと。元の部屋に戻り、気が抜けてしばし休憩。ロンドンオリンピック開催中だが、フランスが有力な競技しか放送しないようで、日本の状況はさっぱりわからない。既に用意してあった昼食用のサンドイッチを部屋で食べることに。
少し明るくなり晴れ間が見えるので、バスでボソン氷河を見に行くことにする。centreから無料のバスに乗りボソンで降りる。すぐにリフト乗り場がある。民家の上をゆっくり登る。歩いて上まで登る人が見える。リフトから降りてすぐ上にレストランがある。そこから氷河は歩いてすぐ。

初登頂はこのボソン氷河からだ。レストランで休憩をと思ったとたん、雷鳴と激しい雨。お茶を飲みしばし休憩。
上からレストランを見る。

お花もきれいに。

少し待つと雨も上がり、帰りのバスの時間を見計らいリフトで降りる。2日後は長丁場になりそうだということで、体調を整えるために夕食は日本料理を食べることに。バス停で降りて観光協会で天気予報を確認した後(やっぱり天気は悪い)、夕食の予約に行く。ホテルで着替え出直す。このホテルは立地条件がよく、小さいので何度も出たり入ったりしやすく便利だ。久しぶりのごはんと味噌汁、それにしょうが。隣の楽しそうなツアーのお客さんと話し、リラックスできた。

8月6日(月)曇り−雷雨−晴れ

6:00起床−7:10朝食−8:45バスでバルムへ−9:12バルム−バルムのコル(2191m)−ハイキング・Croix de Fer−バルム11:45−12:09シャモニ−12:40昼食−15:00保険追加手続き−18:30夕食−20:45就寝
 夜中も雷雨の音で目が覚める。雨は降ったりやんだりで、土砂降りというわけではない。昨日の日本食のおかげかお腹の調子はよくなっている感じ。せっかくの休養日なので、今日はバルムのコルとグランモンテに行くことにする。centreのバス停で La tour行きに乗り、終点で下車(1462m)。
ハイキングの人が登っていく。

私たちは歩かずテレキャビン、リフトと乗り継ぐ。

遠くに牛の姿が見えお花があちこちに咲いている。

マーモットが出てきた。

バルムのコルから少し先まで歩いてみる。道は整備され、静かだ。

標識。Croix de Ferまで行き引き返す。

ツールドモンブランのルート。

徐々にガスがかかり、スイス側の景色があまり見えないのが残念。
バルムのコルの小屋。ガスでかすんでしまった。

リフトに戻ったところで、雨が降り雷が鳴り出す。危ないところだった。テレキャビンでバス停まで戻る。天候が悪いのでグランモンテに行くのはやめてシャモニの町まで戻ることに。
 やはり、天候はよくなかったので予定を変更して正解か。ただ、予定を変更したことで山岳保険の日にちが一日不足していることに気づき、今日手続きに行くことに。今日も体調維持のため昼食もごはん系ということで、中華の雪園へ。時間が早い(?)せいか、お客がいないと思っていたら、10分後に先日お会いした北海道のグループが。やはり天候が悪いので、今日テートルース小屋へ行くのをやめて、明日出発し直接グーテ小屋へ行くとのこと。ただグーテ小屋は予約通りで、翌日はテートルース小屋泊なので、私たちより登頂の可能性は高そう。うまくいけば2日目のテートルース小屋で会えるはず。
その後、店の前で、日本人女性に会い雨の中傘をさして立ち話。スイスでメンヒ、ユングフラウヨッホに登った後、モンブランにトライしたが強風のため登れなかったとのこと。次はマッターホルンに登りに行く予定だが、ブライトホルンでもよいかとやや弱気になっていた。スイスのガイドは面倒見がよくうまくコミュニケーションが取れたのだが、モンブランではガイドとのコミュニケーションがあまりうまくいかず、もっと登れたのではと残念がっていた。AG社の手配で一人でこられたとのこと、実力がありそうな女性だったが、おそらく天候が悪かったのだろう。しかもガイドとコミュニケーションがうまくいかなければ一人では心細いと思う。
 ガイド組合の山岳保険の事務所はなんと長い昼休み中。午後3時から受付とのこと。ホテルに帰り出直す。問題なく山岳保険を1日延長し、日本料理の「さつき」へ夕食の予約。ホテルへ戻り荷物をあらかた整理する。2日続きの日本食。偶然午前中にバスで見かけた男性がいて、少し話をする。ご夫婦でツールドモンブランに行ってきたとのこと。奥様のペースが遅いので、ツアーに参加はせず、最初の山小屋をシャモニの日本語案内で紹介してもらい、その山小屋で次の小屋を予約というやり方で歩いたとのこと。ふたりとも満足そうだった。
 体調も回復、明日からの好天を願う。

8月7日(火)晴れ

6:30起床−7:05朝食−8:45ガイドと待ち合わせ8:50発−9:05レ・ズーシュ駅9:40−9:50ベルビュー駅10:20−10:30モンラシャ駅10:50−12:45昼食13:15−14:40テートルース小屋(3167m)−19:30夕食−20:45就寝
 朝食後にまた昼食用のパンを買いに行き準備をしてチェックアウトする。恒例になったモンブランチェック。青い空が広がり久しぶりに雲のかかっていないモンブランが見える。天気はよさそうだ。。ガイドのニコラスがやってきて荷物を積み出発。ロープウェイのレ・ズーシュ駅の駐車場はいっぱいだ。ようやく1つスペースを見つけて停める。今日は天気がいいので、既に大勢の人がロープウェイの順番待ち。

ガイドのニコラスの知り合いのイタリア人ガイドが日本人の年配男性1人を連れているのに会う。15分ぐらい待って乗り込む。ベルビュー(1794m)までは約7分。草地を歩いてベルビュー駅へ。待つこと15分。電車はほぼ満員でやってきたが、何とか乗り込む。

今年は工事中のためニ・デーグルの駅まで行かず、1つ手前のモンラシャ駅で降りて歩くことになる。
モンラシャ駅。トイレに行って出発。

ハイキングの人が身軽に歩いて行く。私たちはイタリア人ガイドグループで一緒に歩く。
途中の眺めのよいところで。

ガラガラ道。もうすぐ昼ごはん。

シカ?草やコケを食べるそうだ。

1時間ぐらい歩いて昼食。その後も淡々と登り、テートルース小屋到着。

ビオナッセイ氷河。

ピッケルやアイゼン、ヘルメットや靴は1€のコインロッカーに預ける(後で戻ってくる)。私たちの部屋はチョーオーユー、ベッドの場所も指定。別の日本人男性が同じ部屋で、話をする。一人で来られているので手配等をお尋ねする。モンブランは3回目の挑戦。1回目はガイド組合でガイドを紹介してもらいコスミック稜からの登頂を試みたが断念。2回目はそのガイドとグーテ小屋から登頂を目指すが強風のため避難小屋で断念。今回はそのガイドの怪我のため、その人が紹介してくれたガイドと明日はグーテ小屋へ行き、あさって頂上へという日程。後で72歳と聞く。英語も堪能でおだやかな物腰。天気もよくなりそうだし、今回はうまくいくだろう。後で、食堂でこの方のフランス人ガイドと話す。英語で日本のことを尋ねられ何とか答える。テートルース小屋から頂上へ行くほうが、小屋の高度が低いためよく寝られるし、暗いうちに岩場を登るので集中できる、思ったより早く登れるよと励ましてくれる。先のことは考えないで、今のことに集中するとうまくいくよと。親切なアドバイスに緊張感が少しほぐれる。
左が現グーテ小屋、右が新グーテ小屋(今年から稼動するはずがまだだった)この斜面を登るのかと嫌になる。

 夕食まで少し寝て、食堂へ行く。食堂からの眺め。夕日。

夕食は、日本語が少し話せるネパールの男性(毎夏シャモニに仕事に来ているそうだ、フランス語ペラペラ)、おとなしそうな単独行のスペイン人の男性と同じテーブル。なんとウサギ肉のシチュー。私たちもびっくりしたが、スペイン人の男性がびっくりした顔で聞かなければよかったと言ったので、一気にその場がなごむ。パスタの上にかけて食べる。鶏肉のようでおいしかった。スープ、チーズ、デザートつき。スープの中にチーズを小さくして入れて食べている。

何とか寝る。

8月8日(水)晴れ

1:15起床−1:30朝食−2:40テートルース小屋(3167m)発−4:20グーテ小屋(3782m)4:40−10:15モンブラン頂上−13:20グーテ小屋(昼食)−15:00下山開始−17:00テートルース小屋
19:30夕食−20:30就寝
 あまりよく寝ていないが、起きて準備。コーヒーか紅茶、パン、ビスケットなど。食べられるだけ食べて、準備。みんな準備が早く、私たちは何でか遅れ(たぶんトイレに行く時間が長い)ほぼ最後に出発。真っ暗な中、テント場の手前でアイゼンをつけ、そのまま登り始める。クーロワールは小石がコロコロという感じだが問題なく通過。ここから岩場。岩登りの苦手な私は心配だったが、手がかりはしっかりしているし、ロープもあるので、問題なく登っていける。途中で何組かを追い越す。フランス人のガイドさんが言ったようにむしろ暗がりで集中して登れるようだ。ようやくグーテ小屋に着き、ヘルメットを預けトイレを済ませて出発。ここからは少しずつ明るくなってくる。風はほとんどなく、トレースの後を黙々と登る。1時間ほど歩いて休憩。ヘッドランプをはずす。グーテ小屋から出発した人たちが縦に列を成して登っているのがきれいに見える。

きれいな青空。

先は長いが天気はよさそう。ずっと下を向いて歩いていたせいか、実はバロ避難小屋近くを通ったのも全然覚えていない。途中からピッケルとストック1本で歩く。下りの人とすれ違うようになる。北海道グループのガイドさんが声をかけてくれる。ここから1時間半ぐらいで行きますよと。まだそんなにあるのか。だんだんきつくなってくる。何度もこれが頂上かと思いながら登るが、まだもっと高いところが出てくる。下山する力があるか、なければここでやめようとガイドに言われる。もうそこに頂上が見えるので(実は頂上ではなかったが近くに来ていた)ここでやめるわけにはいかないでしょう。ともかく登る。ようやく頂上。

四方が全部見えるぐらいの好天。すばらしい。下山は無理をせず確実に降りる。2回ストックを落としてしまい、ニコラスが取りに行ってくれる。全くどじな話だが、さすがにガイドはすごい。ようやく下り始めてからバロ避難小屋に気づく。グーテ小屋まではもう少しで休もうとう言われながら結局ノンストップ。へとへとだ。グーテ小屋でパスタを食べたかったが、目の前で売り切れ。まだテートルースまで下らないといけないのでオムレツとコーラで乾杯。。昨日のフランス人ガイドさんが喜んでくれる。トイレからの帰りがけに「コングラッチュレイション」の声が聞こえるのでびっくりしたら、昨夜一緒に夕食を食べたスペイン人の単独行の男性だった。うれしい。彼も明日登るのだ。天気がよいのでたぶんうまくいくだろう。少しのんびりしてテートルース小屋まで下る。どんどん登ってくるので譲り合うのが大変だ。慎重に下るが、余裕である。最後はアイゼンをはずす。クーロワールは問題なく通過。そこから小屋まではまだ凍っているところがあり、何度か転ぶ。疲れているのと気が抜けているのだ。ようやくテートルース小屋。これで休める。部屋はアンナプルナ。西に窓があるので部屋が明るい。今回は2段ベットの上なので上り下りが堪える。少し休憩。夕食は昨日のネパールの人と一緒。イタリア人ガイドの日本人男性は4時朝食で、その後出発。ドームドグーテまで行って引き返したとのこと。出発が遅いのでグーテ小屋がとれているとばかり思っていたのだが。78歳と高齢だが鍛えた足運びで、私たちと同じくらいの時間に出れば、頂上までいけたのではと思う。
 夕食後は眠いのですぐ部屋に行き眠る。

8月9日(木)晴れ

6:30起床−7:00朝食−7:40下山開始−9:20駅10:00−10:50シャモニホテル着−12:00昼食−13:00バスでグランモンテへ−13:15グランモンテ15:50−16:10ホテル−買い物−19:30夕食−21:20就寝
 1時ごろ目覚ましの音。今日出発する人たちか。また眠る。7:00からの朝食。昨日と同じパンとコーヒーだが、今日は下るだけなので、ゆっくり朝食を食べる。
出発前に

北海道のグループの人と会い話す。一緒に下っていたが、途中で追い越す。今日は別ルート。ニーデーグル駅。今年は使われていない。

私たちは電車道を下る。この方が歩きにくいが早いそうだ。モンラシャ駅に到着。電車は10:00なので、のんびり休憩。
登りの時には気がつかなかったが、駅裏の斜面には花がいっぱい。

 ニコラスに送ってもらってホテル着。まだ早いので部屋が空いていないが、シャワーは地下で浴びられるとのことで、ありがたい。さっぱりしてレンタルしていたヘルメットとハーネスを返却し、念願のアイスクリームを食べる。昼食は川沿いのイタリアン。ピザとスパゲティと白ワインで乾杯。せっかくなのでその後グランモンテ展望台(3275m)へ。大荷物を持っている人がいると思ったらパラセーリングの人だった。別方向からのモンブランを眺める。

パラセーリングが飛び立つ。

夕食までの間、スネルスポーツで靴を見る。日本で買うほぼ半値なので、思い切って買うことに決める。大いに迷って、夫はスカルパ、私はスポルティバの靴にする。これが使える山に行けるかな。デタックスの手続きをしてもらい夕食へ。
夕食はラクレット。たいへんなボリューム。おいしかった。

8月10日(金)晴れ

6:30起床−7:30朝食−9:11電車でガイアンの岩場−11:10ホテル−11:50チェックアウト−12:00昼食−13:30バス(ジュネーブ行き)−15:15ジュネーブ空港−18:30ジュネーブ空港発−22:30イスタンブール空港
 どうするか迷ったが、荷物をまとめ電車でガイアンの岩場へ行くことにする。モンブランが正面に見え、池があり、本当にきれいな場所だ。

幼児から小学生ぐらいの子も登っている。楽しそうだ。歩いて街の中心へ帰る。日本人10人ぐらいのグループと話をする。モンブランに登りに来た中高年グループ。テント泊で登るそうだ。3回目チャレンジの人もいる。ホテルへ帰りシャワー後、チェックアウト。
昼食は、川沿いのイタリアンでピザとムール貝のパスタ。ホテルで荷物を受け取り、駅前のバス停へ。

ようやく慣れたシャモニの街ともお別れだ。途中いくつかの場所でお客を乗せ、ジュネーブ空港へ。フランスのカウンターへ行きデタックスの手続きをする。昨日、旅行会社へ尋ねておいてよかった。早いがトルコ航空のカウンターが開いていたので、搭乗手続き。予想していたとおり、荷物が7キロ重量オーバー。スーツケースからいくつかを取り出し手荷物のザックへ移す。早い時間に行っていてよかった。すぐ後に来た阪神フレンドツアーの日本人の人たちに笑われてしまう。荷物がOKとなり、空港内で待つ。チョコレートは融けてドロドロになるだろうし、安くないし(シャモニのスーパーのほうが安かった)結局何も買わず、お金の計算をしながら待つ。帰りにはモンブランが見えるだろうと思ったがルートが違うのか見えず残念。

8月11日(土)

00:50イスタンブール空港−17:55関空
イスタンブールからは関空行きなので、あちこちから乗り継ぐ日本人でほぼいっぱい。オリンピックの応援帰りの人もいるようだ。無事関空着。

登山を終えて

登れてよかった。
 モンブランに登るということは個人的には大変なプレッシャーだった。スピードについていけるか、風は強くないか、岩は登れるか、心配なことばかりだった。インターネットで検索すると、天気が悪ければ難しくなること、クーロワールという落石の多い場所で事故が起きていること、スピード不足で登らせてもらえなかったことなど、登れない理由ばかりが目に付いた。事前の富士山でのトレーニングで、4回目に富士宮から約3時間で浅間大社まで登れたこと、5回目に強風の御殿場口を登ったことで、天候さえよければ登れるのではとも思ったが、不安だった。
 実際には、5回の富士山とイタリアのグランパラディソに登ったことで高度順応はできていたようである。予定した日には登れなかったが、出発を2日遅らせて、これ以上はないというような好天に恵まれた。心配していたテートルース小屋からグーテ小屋の登りも雪があり出発時からアイゼンをつけて登ったが、ロープもあり、しっかりした岩だったので手がかりは簡単に見つかり問題なかった。北海道のガイドさんによれば、落石の多いクーロワールも今年はいつになく安定していたとのこと。テートルース小屋からの往復はきつかったが、天気がよかったため、時間にも気持ちにも余裕があった。ガイドとのコミュニケーションも、先にイタリアの山に登ったことで何とか取れていた。いくつかの好条件が重なった。
 シャモニは小さな町だが、この時期は観光客でいっぱい。町のどこからでもモンブランをはじめすばらしい山が眺められる、夏は朝晩涼しく、サマータイムと緯度が高い(北緯45度、稚内と同じくらい)せいで、夜9時ごろまで明るい。天気がよい日の夕方には、レストランの前のテーブルでビールやワインを飲みながらおしゃべりしている。店先や窓にきれいな花が飾られ、散歩するだけでも気持ちがよい。絵に描いたようなリゾートだ。モンブラン登山だけでなく、岩登り、トレッキング、ロープウェイやテレキャビン、リフトを使って最高3842mまで簡単に登ることができる。ツールドモンブランというモンブランの周囲をハイキングするコースもある。リフトで登り、下りを歩いたり、上り下りとも歩くという方法もある。あまり登りの苦労をしないですばらしい景色を楽しむことができる。小さな子供を連れた家族、年配のグループも多かった。私たちもロープウェーを利用してほとんどの観光コースに行ったものの登山終了まではできるだけ無理はせず、食事もセーブして体調管理に努めたので、やや消化不足気味。知識も不足していた。ロープウェーのマルチパスには後から気がついた。登山だけで頭がいっぱいで抜けていることも多かった。予定を変更したため、登頂後の時間が1日だけとなり、のんびりする時間がもう少しほしかった。
 のんびりとトレッキングを楽しむには絶好の場所で、2週間ぐらい滞在しても時間があっという間に過ぎていきそう。 

日程について

 今回、私たちはモンブランに登ることが第一目標だったため、シャモニに10日間滞在して、原則移動をしなかった。個人手配なので、今期のツアーやインターネットを参考にしながら日程を考えた。ノーマルルートのモンブランは1泊2日で登る山だという。AG社、AT社ともグーテ小屋から登頂、シャモニへ下山の1泊2日+予備日。AP社はグーテ小屋から登頂、テートルース小屋へ下山の2泊3日+予備日。予備日は悪天のため出発できない場合の予備日のようだ。小屋から出発してしまえば、予定の変更は難しいと考えなければいけない。前半に余裕があったので、現地APJ社からはテートルース小屋から登頂、グーテ小屋泊を提案された。テートルースから登れる脚力があるかどうか迷って、結局2回登頂の機会を得るため、テートルース小屋、グーテ小屋、テートルース小屋の順に予約し、
1、5日テートルース小屋泊、6日グーテ小屋泊、グーテ小屋から頂上、7日テートルース小屋泊 3泊4日(予備日を含む)
2、5日テートルース小屋泊から頂上、6日グーテ小屋泊、7日テートルース小屋泊(場合によってシャモニへ下山) 3泊4日(予備日含む)
の二通りを考えた。しかし、出発前に天候が悪いことが予想されたため、ガイドのアドバイスで2日出発を延期し、5日のテートルース小屋、6日のグーテ小屋の予約をキャンセルした。8日のテートルース小屋を新たに予約してもらい、結局7日テートルース小屋泊から頂上、8日テートルース小屋泊という2泊3日になった。天候が回復したため、延期したことが吉とでた。ガイドの的確なアドバイスと帰国までに少し日にちの余裕があったのでホテル出発の前に延期を決められた。
 以下、実際に行ってみてわかったこと、考えたこと。
 一般的なコースタイムは以下のとおり。今年は、工事のため電車はニ・デーグル駅(2386m)まで行かず、一つ手前のモンラシャ駅まで。
モンラシャ駅−3時間−テートルース小屋(3167m)−3時間−グーテ小屋(3782m)−5時間−モンブラン頂上−2時間−グーテ小屋(3782m)−2時間−テートルース小屋(3162m)−2時間−モンラシャ駅
 天候がよければグーテ小屋から登頂、シャモニ下山の1泊2日は駅まで約10時間行程、早朝2,3時に出発するので昼食、休憩を入れても、夕方にはニ・デーグルの駅に帰ってこられる。今年はニ・デーグルのひとつ手前のモンラシャ駅まで1時間は余分に歩くことになるが、最終電車は午後6時40分発なので、ほぼ問題ないだろう。
 天候が悪い場合はどうか。出発しない場合は別として、出発すれば、帰りの電車の時間が足かせとなり、待機時間が長く取れない可能性が高い。
6日に会った単独行の女性のパターンはおそらくこれで、予備日はあったようなので、2日目をテートルース小屋宿泊にしておけば、もう少しだけ粘れて登れなくてもあきらめがついたのではと思う。この場合ガイドの拘束料がかかるが。
 今回の私たちのテートルース小屋往復はどうか。やむなくこの形になったが、スタミナのない私にはきつかった。ただし、テートルースからの登りは暗い中なので集中できるし、下ってくる人もいないので待ち時間は少ない。落石が多いと言われるクーロワールも気温が低いため安全度は上がる。テートルース小屋のほうが標高が低い分よく寝られるというメリットもある。天気がよければ健脚者は問題ない。
 テートルース小屋から登頂、シャモニ下山は、天気がよく健脚なら可能。後から考えると私たちも不可能ではなかったが、電車の時間を気にして登れなかったかも。
 どこの山でも天候が登頂を左右するが、特にモンブランは風と雷の影響が強い。しかも日本人の登山者の多くは中高年で時差ぼけと長旅による疲れのダブルパンチ。登頂を目的とするなら、予備日ではなくはじめから2泊3日での予定を組み予備日を1日もうければ登れる可能性が高くなると思う。来年からは、新しいグーテ小屋が稼動し、収容人数も増えるという。グーテ小屋で複数日予約が取れるようになれば、登頂率は上がるだろう。
 また、ガイドさんの話を聞いていると、70代の方が登るということについて、不安感を持っているような気がする。ヨーロッパではこの年代の人はトレッキングという考えのようだ。実際にはスタミナも実力もある中高年は多いが、ヨーロッパの登山者の多くは20代から30代の若者である。グランパラディソでは私たちはダントツに年上で、モンブランでも日本人を除くと私たちより年齢が上の人はあまりいないような気がした。20代の若者とスピードを競争するのは無理である。日本人を多く案内しているガイドでも不安感を持つのも当たり前だろう。
 もう一つはコミュニケーション能力。日本人のガイドがついている場合は別として、現地ガイドとどれくらいコミュニケーションが取れるかも影響する気がする。幸い私たちのガイドは英語ができ、私たちのつたない英語を理解してくれた。私たちも何とか自分たちの意思を伝えるために、何を聞きたいか事前に話し合い具体的に尋ねるようにした。例えば、小屋に荷物を預けられるのか、ヘルメットはどうするのか、些細なことだがこれも安心感につながる。できるだけ一緒に行動し、分からないことは聞いてみるとよいのではと思う。
 事前の高度順応については、バレーブランシュ氷河でのトレーニングが多かったが、前半の日程に余裕がありグランパラディソに登った。天候もよく、スピードにも対応できてガイドとのコミュニケーションも取れるようになったが、やはり少々疲れが残ってしまった。その後天候が悪かったため、中3日でモンブラン登山となったが、いい休養になった。中3日も要らないが、中2日であれば2のプラン、中1日の場合は1のプランでなければ私にはきつかったと思う。
年齢や自分たちの実力を考えると、無理は禁物、余裕を持った日程が必要だということがよくわかった。
 事前の5回の富士山のトレーニングは高度順応も脚力強化の面でも有効だったと思う。外国のガイド登山が休憩をほとんど取らずに登るということを想定して、できるだけ休まず一定のペースで登ったので、自分自身がどのくらいのペースで歩き続けられるか判断ができた。これぐらいだったら大丈夫という目安が自分の中にあると、不安感が減る。
 私の実感としては、モンブランは1に天候、2に体力。事前に富士山に登り体力と高度順応をしておき、余裕を持った日程で行けば、登れるのではないだろうか。

装備及びスポーツ店

 今回のグランパラディソは天気がよく冬用オーバーヤッケ、オーバーズボンは不要だった。風が出てきたときにゴアテックスの雨具(上のみ)を着た。ハーネスは使用、ヘルメットは持っていかなかった。駐車場から小屋までは薄い長袖シャツ(半袖でも)、薄手のパンツで充分。半袖、短パンの人が多かった。
 モンブランは、テートルース小屋までは薄手の長袖シャツ、冬用パンツを使用。登頂時は、冬用オーバーヤッケ、オーバーズボンを上に着て、下に長袖シャツ、フリース、アンダータイツを重ね着。手袋も(ウールとオーバー手袋の)2重にした。風が強いときのことを考えスキー用ゴーグルを持っていったが、頂上に着くまでつけるのを忘れていた。忘れるぐらい風がなかったということ。今回は天気がよいため重ね着していると暑いくらいだったが、強風のときは寒いので、寒さ対策が必要。
テートルース小屋はコインロッカーがあり、要らない荷物は預けることができる。着替えや小屋用シーツを置いていった。グーテ小屋はヘルメットを預けていった。
日焼け止めクリームは、クリーム状のものを使用(シャモニで売っている)。
 シャモニにはスポーツ店がたくさんあり、欲しいものがいっぱい。円高ユーロ安のためお買い得感が。特に冬用重登山靴は日本で買うほぼ半値。ただし、長袖シャツは、日本より厚めのものが主で、日本では秋冬物の感じ。薄手の長袖シャツは日本で探したほうがよさそう。夏は老いも若きも半袖短パンのようだ(サングラス必携)。かっこいいけど転んだらどうするのかと思うが、トレッキングコースは整備されていて、あまり足を取られることもなさそう。トレッキングでも長袖、長ズボン、つばの広い帽子で日焼け対策をしっかりしているのは、日本人と韓国人。お国柄の違いがはっきり表れている。私も日焼け対策のためパタゴニアの薄手の長袖シャツ(キャプリーン2)を愛用しているが。恐ろしくしわだらけの年配の白人女性の腕を見ると半袖で通す勇気が出ない。

四方山話

参考文献

少し古いが、わかりやすい。

はじめてのモンブラン―漫画で描く、海外登山ツアーの手記

はじめてのモンブラン―漫画で描く、海外登山ツアーの手記

観光用にとても役に立つが、書店では手に入らなかった。今でもここに書いてある解説は有用。

手配

航空券 HIS トルコ航空
ホテル インターネット
現地手配(ガイド、空港お迎え) ALPES PLANNING JAPON

富士山[2012年7月15日〜16日]

日程

7月15日(日) 曇り時々雨

13:00自宅発−中国・名神新名神・東名・新東名経由−富士山御殿場口駐車場19:30着−20:00就寝(車中泊)

7月16日(月・祝) 晴れ・強風

3:00起床−4:00出発−11:00頂上浅間大社着−お鉢一周−13:00下山開始−15:30駐車場−天母の湯−22:40自宅着
郵便局開局。すいていた。

剣が峰

下りは眺めよく、雄大。天気よし。

宝永山がよく見える。

すばらしい眺め。

感想

イカー規制の富士宮口を避け、長丁場の御殿場口へ。
強風、腹痛、道間違え(ブル道をいってしまった)、トラブルが起き、登りに予想以上の時間がかかった。御殿場口はやはり手強い。しかし、眺めの雄大さ、人の少なさは格別。下りは大砂走りなので富士宮口より格段に楽である。混雑も少ないのでストレスも少ない。今期5回目の富士山。トレーニングでの富士山行きはこれで終了。

富士山[2012年7月7日〜8日]

日程

7月7日(土) 新富士富士宮口五合目 土砂降り

17:15自宅発−中国・新名神・新東名経由−21:40新富士−22:40富士宮口五合目−23:00就寝(車中泊)

7月8日(日) 曇りのち晴れ

4:05起床−5:10五合目発−8:12浅間大社奥宮−剣が峰−お鉢めぐり−12:00五合目着−天母の湯−19:20自宅着
すっかり雪が少なくなった。

剣が峰

感想

3時間を目標に、休まず登る。登りはアイゼンをつける必要がなく時間も短縮。夫は3時間を切り、私は3時間強。
3週連続の成果か。念のため剣が峰の下だけ6本爪アイゼンをつけお鉢めぐりへ。ガスが出てきたのでお鉢めぐりは1周にして下山。